カテゴリ│震災の記事一覧│☆イタグレ大好き☆ペット販売士

復興

2014-04-13 | 10:01

※注  犬の話題ではありませんので興味のない方はスルーして下さい。


夢だったのか、昔を思い出していたのか子供の頃に住んでいた風景が浮かんで、朝起きてもしっかりと

その場所が頭に残っていました。


行ってみようと思い立ち、ひとり出かけて来ました。

今の自宅から車で20分ほどの場所が子供時代を過ごした七ヶ浜町


震災で海沿いの家が全滅しました。

行きたかった場所を確認して、海の方に行ってみようかなと車を数分走らせると、ここどこ?

と思うほど様変わりした場所が・・・

小学生以来来ていないけど、もっともっと家があったはずだった。


同級生の家だったところが、見る影もないほどに変わっていました。

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恐る恐る近づいてみた。



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ここ・・・覚えがある

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こんなのは初めてみた。

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海は何事もなかったかのように穏やかに波打っていました。


夏場は海水浴客でにぎわう菖蒲田浜


海があって、防波堤があって、松林があって、道路を挟んで民家があったはず

松の木は色が変わって、朽ちて折れたまま倒れたまま

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こちら側には全く家はなく、土台の一部分だけがあちこちに残っている。

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「これほどひどかったんだ」と思うところが、同じ被災地と言う県に住んでいる他人ごとだなと反省です。

昨年の同級会に参加しておけばよかったと反省しきり

震災があってから怖くて近づけなかったのです。

町名の七ヶ浜という七つの浜に囲まれた町なので、残ったのは町の中心部

今、復興災害住宅の建設のために重機が忙しそうに動いていました。


今住んでいる自宅から車で5分の距離に災害公営住宅が完成し、入居が始まりました。

でも避難住民の9%しかできていないんだとか?

まだまだ復興には時間がかかります。

被災地でも場所によっては進み方がバラバラみたいです。

早く本物の笑顔になれる日が来るようにと祈らずにはいられません。



全然知らない場所の写真を、ダラダラ見せられてもと思った方には申し訳ございませんでした。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。





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それぞれの1096日

2014-03-12 | 19:58

被災地の友は、3年を振り返ることはあっても、単に区切りとはしない。


3月11日も翌3月12日も、悲しみと向き合いながら、震災後を生きる日々に変わりはない。


3年という節目を「区切り」と捉え、今、新たなスタートを望む空気があることは事実だ。


が、大切にしたい 時 を「祭りごとのように感じてしまう」と深い懸念を表す声もある。



なるほど、マスコミや他地域の方との違いだなとその記事にうなずいた。




昨日1日、どの局も被災地の今を放送していました。

前向きに歩きだした人がいる一方で、未だ絶望の淵から抜け出せない人もいます。

何度も込みあげて、涙が次から次へと流れました。

寄り添うことが大事なんだなと思いました。


何年か経てば復興も進み変わるものもある。

でも、愛する家族を亡くした悲しみは何年経っても癒えないのだと思います。

勇気を送ることが大事なのだと思います。

言葉を選ぶ必要なく何度でも励ますこと。

相手が受け取るのは、言葉の奥にある真心だから・・・


今、日本は被災地よりオリンピックに資材も人員もとられてしまい、復興がますます遅れているんだ

と言ってた方がいました。

オリンピックは7年後

優先順位ってそんなものなのか?

鉄骨1本の値段が1.7倍にも高騰しているのだそうだ。

いつまで仮設住宅で暮らせと言うのだろう?

2年の耐久で建てられたものだから、あちこち痛んできて体調不良を訴えている人がいる一方

オリンピックで盛り上がっているのは、嬉しくないハナシなはずだ。

3年前とは政権も変わり、一時は復興も進んだかに見られたが、そうでもないんだ!

ボランティアも本当に少なくなったのも事実。


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震災発生の2時46分に全犠牲者の冥福を祈り黙とう

追悼の意を込めた白い風船と、犠牲者への言葉等が記された青と緑の風船が青空に放たれ

復興への誓いを新たにした。


こんな記事もあり、笑みがこぼれました。






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2年・・・それぞれの想い

2013-03-12 | 14:48

震災から2年が経ちました。

土日の番組はほとんど震災関連のものばかりでした。

昨日もそうでした。

マスコミというものは嫌いですが、なぜか見てしまいますね。

被災地、被災者といってもそれぞれの想いはみんな違います。

沿岸部と内陸部では同じ県内かと思うほど、悲惨な違いがあります。

残された建物などについても「解体すべき」と言う方「残すべき」と言う方

前を向き始めた方、まだまだ進めない方

ひとくくりにはできない2年です。

私の住んでいる仙台市宮城野区も津波の被害が甚大でした。

海辺の近くは、すっぽり家も何もなくなっています。

ガレキがまだあった頃は、津波が来たということを思い知らされましたが、

何もなくなり茶色になった木だけが残り、ここに人が住んでいたこともわからないほどです。

私のところは海からは10kmほど中に入った住宅地です。

川がありますが氾濫もせず建物も大きな被害もなく、家族、親戚、友人の誰も犠牲になった人はいません。


その日、買い物をしたばかりの状態だった我が家は、食べ物も灯油もありました。

ただガソリンだけがなく、しばらく給油できるようになるまでが大変でした。


石油ストーブの上で鍋でご飯を炊いてはおにぎりを作り、一人暮らしの方を訪ねて配り

それでも長女がせっせと食料品を届けてくれ、近所に配って歩きました。

ライフラインがストップし暗闇の中でしたが、不自由さを感じながらも

家族の団結もできて深刻な事態なのに明るく笑いながら過ごしていました。





放送の中でご紹介されていた方々は、命からがら寒さの中ずぶぬれになって津波から逃げ

家族を失い、家を失い、仕事を失いと何倍も苦しんできたんですよね。


「命が助かったんだものよかったさ」と当初はよく聞きました。

でも自分だけが生き残ったことに苦しんでいる人がどれだけいたか・・・・

5年経てば、10年経てば解決できるものではないんですよね。

何年一区切りというのは、安全なところにいる者からみた現実を知らない無責任な言葉なんですよね?




これから家族や家を失った人と関わることが出てくると思います。

不幸のどん底にいる方に会ったら、寄り添って励ましてあげられる人間でいたいと思います。

この先、何年経っても自分の使命としていきたい。
























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被災地から・・・2

2012-09-21 | 18:19

写真が多いので、と思っていたらピンボケが多くて実は少なかったみたいです。

被災地の深刻な問題は山積みです。

ガレキの受け入れをしてくださっている県や自治体には感謝の気持ちでいっぱいです。

でも反対のデモまでされていることを知ると、本当に悲しくてがっかりしますね。

ガレキがあるうちは、復興は進みません。

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まだまだこんなガレキの山が、ここ南三陸町ばかりでなく仙台市でも石巻市でも他のところもたくさんあります。

地元でも処理をしていますが、この先どれだけ処理すればなくなるのかわかりません。

放射能を測定して安全を確認してから処理しているのに、放射能が怖いからと反対されています。

私が言いたいのは、震災は被害を受けた住民には何も罪はないということです。

被災者に対して、放射能が怖いから受け入れ反対と言いきるのはひどいなと思うのです。

もしも、その反対している人の場所で起こったらとは考えないのでしょうか?

それが悲しいです。



今友達はこの仮説の商店街で働いています。

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たくさんの有名人のサインがありました。

私も少しでも協力の意味で買い物をしましたが、「ここだけの話、あなたがいくら買ってくれても私の時給が

上がるわけでないから」だって・・・

「余裕があるなら辞めたい」と不満もあるようですが、生活のため明るく頑張っています。

訪れた人は「まだまだ進んでいないことにびっくりした」「義援金ってどうなっているの?」

「来てみないとわからないことがたくさんある」などなどの声があるようです。

「『被災地に住んでいるのに、明るいね』って言われても、泣いてたって生きてかなきゃなんないからねって

帰る場所がある人の、他人ごと発言だよ」とややひねくれモードが入ってしまっていました。


今、叶うことなら街灯をもっと増やしてほしいという涙が出るような願いでした。

いつかはと期待して、時間が経って何も変わらない現状 それに慣れてしまったようです。

信号が点いたからまだ明るい、信号から信号までは真っ暗闇です。

その中を高校生が歩いているのをみると、本当に気の毒だと言います。

街の中の街灯が10あれば、その中の3つでも2つでもこの町につけてほしいと願っていることでさえ、

1年半経った今でも、叶っていないんです。

ちょっとおしゃべりして外に出ると、この暗さです。


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商店街が閉店すれば真っ暗です。

明るい時に行けばよかったのですが、店の前はこれ何?というほど何も片付けられていない状態でした。

ゴーストタウン??

この先はもっとひどいらしく、その先が彼女の家があるところです。


この町はとにかくカーブが多いところです。

慣れない私はコワくてスピード出しては走れませんでした。

そして、ルームミラーに何も写らないことに改めて被災地にいると言う感じを受けました。

街中に住んでいる人には絶対にわからないことです。

何も明かりがないから、ルームミラーも真っ黒と言うのは、初めての体験でした。

しばらくして、友達から「どこまで行った?」と電話が入ったのは石巻市の手前、東松島市に入った頃。

それまで何度も電話したけど、電波の届かないってなってと言うのです。

ずっと電源は入ったままなのに、通じないと言うことですね?

そして「そこまで行ったんだ、じゃあもう安心だね?明るいところに帰って行くんだからね」と言った一言に

じわじわと涙でつまってしまいました。

あんな不便なところでで暮らすしかない、生きていかなければいけない。

復興へと向かう被災者に足並みは人それぞれ、ひとくくりになどはできません。

彼女の家は高台にあり、家は無傷で残りました。

「命が助かって家も残っていいね」と言われても本当に良かったのかわからないと言います。

流された人と、残った人では待遇が全く違うのです。

残ってしまったから、支援はないそうです。

人気のないところで、不便なだけです。

自力で生活費を稼ぎ、払わなければいけないものは待ったなしだし、流された人は義援金があり

住居費、医療費などはタダで今でも支援物資が配られているんだそうです。

ひどすぎです。

行政はもっと一人一人に寄り添うべきです。

きりがないので、今回はこのへんで・・・














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あれから1年半、被災地から

2012-09-19 | 20:46

ドッグショーの会場で、ふと話題に出るのは「その後いかがですか?」というものですね。

被災地3県の署名を集めたかったので、南三陸町の友達を訪ねてみることに!

同じ宮城県内と言っても私の住む仙台市からは、かなりの距離です。

途中の国道45号線は片側通行の部分もあり、普通に45号線を走ると3時間かかります。

三陸道(有料道路)を通っても、最終地点からクネクネと曲がりくねった道を通りそれでも2時間チョイ

途中石巻市に寄ったため、南三陸町に着いた頃は日没間近でやっとの思いで写真を撮りました。

地盤が沈下しているのか、水位が上がっているのか道路と同じくらいまで水位が来ています。

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これがテレビで何度も出てくる防災対策庁舎

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ここで声の限り避難を呼びかけ命を落とした24歳の女性がいました。

夕方にもかかわらず、たくさんの方が手を合わせていました。

その先は民家は全くありません。

廃屋になったビルがそのままで気持ち悪い感じがします。

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民家があったであろう空き地には、草がボウボウです。

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ここは海でも川でもなく普通の家があったところです。

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友達は南三陸町の志津川で生まれ、実家もお姉さんの家も跡形もなく流されました。

今でこそ慣れてきたけど、最初は生まれ育った慣れ親しんだ町なのに、みんな流されてどこがどこだか

どこをどこへ向かって歩いているかもわからなかったと言います。

節目のような時にはテレビ放送もありますが、今では関心も薄れてきていると思います。

みんな他人ごとです。

政治家は一度ここに住んでみろと言っています。

写真が多いのでまた続きは次回に書きます。










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